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ネタバレ 部屋

主に映画のネタバレと感想を好きなように書くブログです。

スポットライト 世紀のスクープ Spotlight(2015) ネタバレ

 

 

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アカデミー賞作品賞にホントに相応しい。

でも、アカデミー賞作品賞という触れ込みに誘われて予習せずに観に行ったら大火傷するタイプの映画。

社会派ドラマは予備知識がないと入り込めないのは最早常識。それなのに何も勉強せずに「つまらない。」と低いレビュー書くやつはけしからん!

音楽だって、もうCDジャケ買いなんてしないでしょ?視聴したり、YOUTUBE観たりするでしょ?そういうのが映画でも必要だと思います!

せめてwikiで「カトリック教会の性的虐待事件」について一読してから観に行きましょう。

日本人にはあまりピンと来ないかもしれないけど、カトリック教徒において、神の教えは人生において最も大きな価値観のひとつ。神の代弁者である神父は、神の分身。神に虐待された子供たちは、何を信じて生きていけば良いのでしょうか。

 

以下、ネタバレ

2001年7月、ボストンの地方紙グローブに、ユダヤ系で他州出身の新局長が赴任。革新的で読者の心を掴む記事を作ることに尽力しようと静かに燃える。

初めての編集会議で、かつてグローブが小さなコラムで扱った、地元ボストンのカトリック教会の神父ゲーガンが1976年に児童に性的虐待を加えたとされる疑惑について触れる。センセーショナルでありながらなぜたった2回のコラムで終えたのか疑問に思いつつも、新局長はこの事件について再度取材をすることを指示する。

地元紙のグローブは、購読者の半分がカトリック教徒であり、また、ボストン自体も教会が絶対的権力をもつ土地であるため、この事件を再度追うことに躊躇う編集長たち。


事件追及のため白羽の矢が立ったのは、グローブの精鋭部隊と呼べる「スポットライト」という部署。メンバーは、編集長のロビー、ジャーナリズムを体現したような行動派のマイク、こちらもタフな女性記者のサーシャ、情報分析に長けているマット。

 

手分けをして取材を始めるチーム。ゲーガン事件の担当弁護士を始め、関係する弁護士を当たるが守秘義務を盾にあしらわれる。

そんな中、教会の性的虐待について触れた過去記事を探る中、虐待被害者団体(SNAP)の存在を知り、その代表者サヴィアノの取材に漕ぎつける。

サヴィアノは、たくさんの資料をもとに多くの犠牲者の現実を語る。肉体的虐待的だけではなく、信仰そのものを破壊する精神的虐待であり、ドラッグや酒に溺れたり自殺した被害者も少なくないという。また、少なくともボストンの教会には虐待に関わった神父は13人おり、事件を起こした神父は他地域に転属させられ、ほとぼりが冷めてらまた帰ってくるという。その驚愕の事実に固まるメンバーたち。

さらに、サヴィアノは、以前に資料をグローブに送ったが、相手にされなかったと言う。

この取材をきっかけに、神父たちの療養施設で働いていた心理療法士サイプや他の被害者と繋がるようになる。

 

マイクは熱こもったアポを繰り返すうちにゲーガン事件の担当弁護士ガラベディアンの信頼を得るようになる。なんとか、被害者と面会することができるが、ドラッグに溺れ精神的に打ちひしがれた被害者の現在に愕然とするが、ガラベディアンは自殺してないだけマシだと言う。

サーシャも他の被害者と面会をし、信者の心を踏みにじる神父の所業に静かに憤る。サーシャが得た被害者の証言をきっかけに、過去の性的虐待の訴訟を教会と弁護士がグルになり秘密裏に示談解決していたことがわかる。神父は示談交渉に持ち込めるようにわざわざ貧困層の敬虔な信者たちを狙っており、バチカンはそれを組織ぐるみでもみ消していた。

 

新局長は、ボストン教会だけの問題だけでなく、バチカンそのものの組織システムを明るみに出すべきだと指示する。

サイプの助言の下にさらに調査を続けていくチーム。サイプは、自身の研究から、おおよそ神父の6%が小児性愛者であるという。その計算だとボストンには、90人の小児性愛者の神父がいることに。その仮説をもとに、チームは不審な異動をした神父たちを洗い出す。すると87人という信憑性の高い数字が。

 


 

その数字を携えて、被害者側に立ちながら示談に差し仕向けた弁護士を追求しに行くロビーとサーシャ。弁護士は守秘義務を盾に逃げようとするが、「2つのどちらかを記事にしようと思う。教会の不祥事か、虐待事件を助長させる弁護士か。」というロビーの言葉に、たじろぐ。弁護士は、以前に示談交渉に持ち込んだ神父のリストをグローブに送っていたが、無視されたと言う。会社に帰って記録を調べろと言い去る弁護士。

後日、弁護士からリストがメールで送られてくる。その人数、70人!ひょえー。

 

一方、マイクは、ガラベディアンが扱った過去の虐待案件で集めたゲーガンの尻拭いの証拠書類が公的文書として保存されていると知り、裁判所に開示請求する。

教会が既に証拠書類を隠蔽していたり、9.11で取材がストップしたり、ガラベディアンが痺れを切らしてタイミング無視して再提出請求をしたり、再提出された資料あるのに窓口スタッフが渋ったりするも、判事の協力でなんとか手に入れる。

そこには、ボストン教会の司祭がゲーガンの不祥事を知りながら、黙認していた証拠がしっかり残っていた。

すぐに記事にしようとするマイクと、これだけでは司祭の謝罪だけで終わってしまうというロビーが対立する。

 

ロビーは、バチカンの腐敗した組織システムを追及するため、70人のリストが本当であるかどうか裏付けを取ろうとする。ロビーの旧友である弁護士が教会側の弁護士であるため、絶縁を覚悟でその弁護士に裏を取りに行く。今まで守秘義務を押し通してきた弁護士だが、ロビーの熱意と自身の良心からリストをチェックする。

リストは本物であった。あとは記事を書くだけとなった。

 

記事はマイクが担当することになった。局長をまじえた会議の中、教会と腐敗した街の体質に憤るメンバーたち。

「我々も一緒だ。」というロビー。

実は、かつてサヴィアノの資料や弁護士のリストを無視した張本人は、新任時代のロビーだった。そんなロビーに局長は、

「我々は暗闇を手探りで歩いている、灯りを照らされて初めてそこが間違いかどうかに気付く。」と言う。

 

待望の新聞発刊日。

出社するロビーとマイク。いつもは問い合わせで電話が鳴りまくるグローブのメインオフィスは閑散としている。そこにいたスタッフに聞くと、スポットライトのオフィスが大変で応援を行かせたと。

2人は自席に向かうと、先に出社していたサーシャとマットと応援のスタッフが鳴りやまない電話に追われている。それらはすべて、記事を読んだ虐待被害者からの心の叫び声であった。で幕引き。

 

 

感想

ものすんごく静かな映画です。音楽の主張はないし、事実に忠実なので映画らしい過度な演出もないです。CMの予告編のような疾走感はないです。エンタメ性、皆無です。

レイチェル・マクアダムスが可愛いから観に行こうとか、絶対思っちゃダメです。レイチェルのキラキラ感も皆無です。

 

しかし、そんな演出が功を奏し逆に伝わるものが多いです。あらゆることに無理がなくて、それによりこれは映画の中の話じゃないんだなっていう説得力が増します。

バチカンや教会がとんでもない妨害をすることはありません。暴力や恫喝などもありません。ですが、情報がまったく得られない、事実を証するものがキレイさっぱり隠蔽されているという巨大権力の計り知れなさこそ本当に恐怖です。それが地味ーに散りばめられていて要所要所でゾッとします。

また、演者たちが感情を露わにする場面は本当にわずかです。本当に2,3シーンしかないんじゃないかな。被害者の現状や教会の腐敗に直面しても、ジャーナリストとして事実をかき集めることに徹する微妙な表情の変化やセリフのトーンの変化と言ったら。。。映画自体の構成もさることながら、演者のパフォーマンスも最高。

特に、すぐに記事にしたいマーク・ラファロに怒鳴られ、気持ちは同じなんだけど冷静さを保つマイケル・キートンの醸し出すオーラがね、気持ちが痛いほど伝わってきて。あのシーンはまさにこの映画のハイライト。

 

この映画は、批評が主流で何の新ネタも持ってこない昨今のジャーナリズムに対する大きな批判なのかな。誰もが知り得る事柄についてあーだこーだ言うばかりで、一般人のツイッターのが凄いネタ持ってきたりするし。

(日本の某週刊誌は新ネタ持ってくるけど、どうでもいい痴話ネタばっかだし、しょぼいネタで国政を貶めてるようにしか見えないんですが。全然そこに正義とか信念が感じられないのです。)

正義と信念を胸に駆けずり回って誰も知り得なかった真実を明るみに出す。社会の監視役こそ、ジャーナリズムの本質ですよね。そのことが、この映画に詰まりまくってます。これ見て、ジャーナリストを目指す人とか出てくるんじゃないかな。

 

幕引き後、新聞発刊後についてテロップが出るのだけど、それも秀逸。

画面いっぱいにね、あれね、もうびっくり。是非、劇場で観てください。

 

その他の特筆

ゲイの青年とサーシャのやり取り。

ゲイの青年の演技はもっと評価されるべき。

加害者神父のあっさりイタズラを認める斜め上感。

新局長の静かなる闘志。

マーク・ラファロの安定感(でもこれでオスカー獲らなくて良かった。まだ、やれる。)

讃美歌を聞くマークの表情。